「アディス!」
叫び声が届かない。
無心というべきなのか、それとも彼なりに考えての行動なのか。
分かっていたはずだった。
彼を見たら、アディスがそういう行動に出るということは。
とめられなかったのは自分の責なのかもしれない。
「守りの風よ!」
声が届かない今、出来る限りのサポートをする。
足手まといになるわけにはいかない。
ここについた瞬間から、既に彼しか見えていないアディス。
剣を抜いて、彼へと容赦なくそれを振り下ろす。
アディスは強い。それは分かってはいるが、今の彼では勝てない。そんな気がした。
自分を見失ってしまい、ルーシリアの声を聞かない今の彼では・・・。
「・・・・・」
どうしたらいいのか、どうするべきなのか。
術を駆使しながら、最善の方法を考える。
「なかなか・・・・やるな」
にやりと、余裕の笑みが浮かぶ。
それすらアディスの気に障る。
ここについた瞬間、抜き去った剣。
それは、椅子に悠然と腰掛けている男を確かに捕らえたはずだった。
けれど、その場所から動くことなく。
片手に持ったグラスすらそのままで。
空いているほうの手で、いとも簡単にアディスの剣を受け止めてしまう。
「強くなったと褒めてやろう」
嬉しいだろう?と言外に匂わされ、ますますアディスの中で怒りが膨れ上がる。
心のどこかで分かっていたつもりだった。
それが、彼の作戦だということ。
アディスが怒り、自分を見失えば見失うほど、勝機は薄れていく。
決して我を忘れてはいけない。自分をしっかり持ち続けなくてはいけない。
アディスの性格をいろんな意味で熟知している男は、そんな彼の思いを、考えを、いとも簡単に打ち砕く。
後ろで叫んでいるルーシリア。
援護してくれている彼女の忠告も、聞こえてはいるのに体が言うことを聞かない。
「ヴィファーザ!」
失ったもの、奪われたもの。
全てが走馬灯のように駆け巡り、そしてアディスの体を動かしていく。
理性と本能の狭間で。
ルーシリアとヴィファーザの間で。
「っ・・・・!」
幾度目かの剣の交わり。けれど、容赦ない力によってそれははじき返される。
「アディス!」
体ごと吹き飛ばされ、本来なら壁にぶつかっていた体が、ルーシリアの力によって受け止められる。
「大丈夫?アディス」
「・・・問題ない」
心配そうなルーシリアにそれだけを告げ、そして立ち上がる。
そんなアディスの腕をつかむが、さりげない仕草でそれが振りほどかれる。
「援護を頼む」
「・・・・アディス・・・・」
ルーシリアを見ようとしない。
彼の目に映っているのは、目の前にいる男だけ。
「アディス!」
再び剣を構えなおしたアディスの、その剣を持つ手をつかむ。
予想以上に冷たくなっていた手。
剣を振るうという行動をとっているにもかかわらず、冷たいその手に、自分の手を重ねる。
しっかりと、はなさないように。
「・・・・ルーシリア?」
「負けないで」
やっと自分を見たアディスに、それだけを告げる。
ルーシリアは何を言おうとしているのか。
負けるな。
当然だと、そう返事をしようとして、彼女の目が何かを訴えていることに気づく。
つながった手から伝わるぬくもり。
いつも与えて、与えられてきたぬくもり。
もしかしたら、与えてもらうことの方が多かったかもしれないそれを感じ、少しだけ心が落ち着くのを感じる。
「負ける、わけがないだろう?」
ようやく出た言葉。
ここまできたのだ。絶対に負けられない。勝たなくてはいけない。
全てをその手に取り戻すために。
形無きそれを、ヴィファーザの手から取り戻すために。
そのために、ここまで来た。
いろいろなことがあった。つらいことも、楽しいこともあった。
一晩中泣いた日もあった。
それでも、多くの人と出会い、助けられ、そしてここまでやってきた。
ルーシリアと二人で、ここまで。
そこまで考えて、彼女の言わんとしていることに気づく。
「分かっているなら、いいの」
視線と表情で分かったのか、ルーシリアの表情に少しだけ笑みが浮かぶ。
離れていく手。
「援護、頼む」
さっきと同じ言葉。
けれど、どこか違う意味を持った言葉。
ヴィファーザをにらみつける目も、何も変わらない。
けれど、ルーシリアは今度は素直に頷いていた。
「・・・・ようやく本気、というわけか」
独り言のような、ヴィファーザの呟き。
「いいだろう。ならばこちらも・・・・・」