いつものように、いつもの場所で。
『Sweet Time』
月が綺麗に輝く夜。
館の庭にある東屋で、月を見ながらお茶会を開くのが彼女にとっての日課だった。
手入れされた庭を吹き抜ける風は、咲き誇っている花の馨しい香を運んできてくれる。
ここ数日は、わけあって仕事が忙しく。珍しくお茶会が出来ずにいた。
だから、本当に久々のお茶会なのだ。
「だから、どうしてなのでしょうか・・・・」
心底困惑を浮かべて呟いてしまうのは、目の前で微笑んでいる人物のせいだ。
別に、彼がいることに問題がないわけではないのだがあるわけでもない。
「偶然、ですよ」
笑みを浮かべて言うその人物に、大きく溜息をつく。
「たまたま通りかかったら、お茶会の準備をしていたので。これはご相伴に預かろうかと」
「・・・・・」
本当にたまたまなのかと軽く睨みつけてみる。
多分、彼女がここしばらく忙しいことも知っていただろうし、今日であればお茶会を再開することも、彼であれば
予想できていたのではないかと。
彼女主催のお茶会に、彼が参加するのは初めてではないのだが。
「問題ありましたか?」
「・・・・大有りです」
一人でのんびり月を眺めながらお茶を飲みたいのに、と呟きながらも、テーブルの上にカップを二つ準備する。
そして。
「今日はケーキなのですか?」
珍しいというように言う彼に、そういえばいつもはクッキーやマフィンばかりだったかと考える。
「・・・・・材料が残っていたので。・・・・お嬢様からのプレゼントは、もうお召し上がりになりました?」
「まだですね」
顔に浮かんだ笑みは、どう考えても喜んでいるそれではないように思えた。
彼は、この館の執事で。一人娘でもあるお嬢様に惚れこまれているのは周知の事実だった。
そして、ここ数日はバレンタインでーということで、お嬢様のチョコレート作りに彼女たちメイドはつき合わされて
いたのだ。
両親と、そして執事である彼に渡すのだと嬉しそうな笑顔で頑張っていたお嬢様の奮闘は見ていて微笑ましい
ものではあった。
その材料の残りを使って、今日のお茶会用のケーキを作ったのだが。
「甘いものが苦手ですか?」
「いえ」
悠然と腰掛けて微笑む彼に、そうですかと頷いてケーキを切り分ける。
「お嬢様のお菓子は・・・トリュフでしたでしょうか。結構うまく出来ていましたわ」
「所詮、あなた方が手伝っていろいろやっているわけで、うまくできて当然でしょう」
「それを言ってしまうとそこまでですけど」
事実なので否定は出来ない。
もともとキッチンなどにたつことなどないようなお嬢様。
けれどその努力ぐらいは認めてあげてもいいのではないかと。
執事とお嬢様。身分差を考えての発言であれば、まだ好感を抱けるというものなのだが、不本意ながら彼の性格を
知ってしまっている彼女としては、その発言も仕方ないかと受け止めてしまう。
「どうぞ」
カップに注いだ飲み物をとケーキを差し出して、そして自分も席に着く。
暖かな湯気を立てている飲み物を手に取り、その視線が彼女へと向けられる。
「これは・・・・ホットチョコレート、ですか?」
「バレンタインですので、気分的に」
というよりはチョコレートが大量に余ったので、それを消費しただけとも言う。
「あまり甘くはしていませんから、大丈夫かと思いますけれど」
口をつけて味わっている彼に、いかがですか?と首を傾げる。
「美味しいですよ」
ひとしきり堪能した後で、発された言葉。
その表情と口調に、社交辞令がないことを感じ取ってほっとしてから自分もそれを口に運ぶ。
一介のメイドと執事。普段であれば会話ができる立場ではない。
現に、館内で顔をあわせてもお互いに会釈をするぐらいの関係なのだ。
親しいわけでもなんでもなく、ただ時折こうして一緒にお茶を飲んでいる。
正確に言うと、お茶会をしている彼女の元に突然現れて一緒にお茶を飲んでいくだけで。
そもそもどうしてこんな時間に庭でお茶をしているのか、と言われるとそこには色々と事情があったのだが。
「よければ、食べますか?」
ふと、思いついたように差し出されたものに、思わず眉を顰める。
見覚えのあるラッピング。手のひらサイズの包み。
大きなリボンがかけられたそれは、つい何時間前に彼女たちが手伝って作ったものだ。
「それは・・・さすがに、どうかと」
「そうですか?美味しいのでしょう?」
至極当然のようにいい、包みを開ける。
どうぞ、といわんばかりに差し出されて。それでもどこか困惑を浮かべている彼女に、楽しそうな笑みを浮かべて。
「食べさせて差し上げましょうか?」
「・・・・・結構です」
申し出を親切に却下して、手のひらに乗った包みから、それを一粒つかみとる。
口に運ぶと、とろけるようなチョコの甘さと周りに振られているカカオの味とが口の中に広がる。
味見していたとはいえ、こうして食べるとどこか別のもののようにも思える。
「ついていますよ」
「・・・・え?」
美味しいです、と答えようと彼に顔を向けたところで、伸ばされていた指で唇を拭われる。
言葉の意味と、何が起こったのかを理解するまでに要した時間が数秒。
さらに、彼女の目の前で指についているカカオの粉を舐めている、その仕草と行動があまりにも予想外すぎて。
というかありえなさ過ぎて。
「カカオが付いていたので、とっただけですが?」
彼女の色々な意味での戸惑いを無視してのさらりとした返答。
そのまま再びホットチョコを堪能し始めた彼に、返す言葉もない。
「女性慣れ、していらっしゃいません?」
出てきた言葉はそれだった。
その言葉に一瞬、驚いたように顔を上げ。
そして返答を待っていた彼女に、にこりといつもの彼らしい笑みが浮かべられる。
「執事ですから」
「・・・・・・」
お嬢様や奥様。はては大奥様などまで相手にしているのだ。
彼女たちを立派なレディにしたてあげるのも、確かに彼の仕事の一環なのかもしれないが。
そういう意味では女性慣れしていて当然なのかもしれない。
「では、そういうことにしておきましょう」
おかわりを、と空になったカップにホットチョコを注ぐ。
「こちらに焼き菓子もありますからよければ」
バスケットから、いつも作っているクッキーとマフィンを取り出してテーブルに並べる。
しばし彼女のそんな行動を眺めていた彼が、ふと口を開く。
「やっぱり貴方は・・・・」
「はい?」
座りなおして、自分のカップを手にしたところで首を傾げる。けれど、それ以上言葉が続けられることはなかった。
なんでもない、というように首を振り、ホットチョコレートを飲みだした彼に、まぁいいかと考える。
深く追求したところで、たいして何も変わらない。
ただ、お互い今の時間を楽しむだけなのだ。